2008年09月02日

解kai-san散? or 任期ninki-manryo満了?

いくつかのマスコミの記事を見るに、解散総選挙への声が高まっているのだとか。

もしもそうなると、次の首相が選出されるのは臨時会ではなく、特別会ということになります。
ちょっとこのあたり、整理しておきましょう。


国会には3種類+αあります。これは中学の知識でもイケますね。
常会。臨時会。そして特別会。+αで、参議院による緊急集会です。

常会は毎年必ず1月に召集されるもので、来年度予算などを決める大事な会議ですが、今から2年半前の常会では、ライブドアの粉飾決算疑惑とか、耐震偽装問題とかで、民主党の前原議員が代表を辞めたり等、予算以外のゴタゴタも色々取り扱っていたような気がします。
延長は1回まで。ただし延長には、両議院一致の議決が必要です。

臨時会は、常会の会期150日間(1〜5月)が終わった後、次の常会までに国会の活動が必要であるとされた時、内閣の職権またはいずれかの議員の総議員の4分の1の要求で召集されるものです。
延長は2回まで。これにも両議院一致の議決が必要です。

特別会は、衆議院の解散総選挙後、30日以内に行われるもので、内閣総理大臣の指名が全ての案件に先立って行われます。
これも延長は2回まで。もちろん、両議院一致の議決が必要です。



さて、最初のほうで
『もしもそうなると、次の首相が選出されるのは臨時会ではなく、特別会ということになります』
といいましたが、違いに気づいて頂けたでしょうか?

特別会は、衆議院の解散総選挙後の国会と一般に言いますが
任期満了に伴う総選挙後に行われるもの、とはなっていません。

では、任期満了に伴う総選挙後に行われる国会は何になるんでしょう? いずれにしても解散しているのだから、次なる総理を決めなければなりませんよね。

スー過去によれば、この場合は、臨時会が召集されることになります。


●解散総選挙後は、特別会。
●任期満了による総選挙後は、臨時会。


ビミョ〜な違いですが、平成4年の国家1種の問題で出題されているので、一応おさえておきましょう。
焼き直し(焼き写し?)の問題として、いつ国家2種やそのほかの試験に降りてくるかわかりませんからねえ。。。


最後に参議院の緊急集会ですが、これは衆議院が解散された時に、緊急の必要性があるときに開かれるものです。
衆議院の任期満了に伴う選挙期間中には召集されないものなので、この小さな知識も脳内にしまっておきましょう。(平成3年の国家2種に出題されています。)



追記
そういえば、以前受けた民間企業のの試験で、衆議院の解散についての問題がありました。
どんな問題かというと…。

問.次の通称の衆議院の解散時の首相は誰であるか。
(1)バカヤロー解散 (      )
(2)黒い霧解散   (      )
(3)死んだふり解散 (      )
(4)嘘つき解散   (      )
(5)郵政解散    (      )

こんな感じの問題でした。分かるかバカヤロー!
一応、郵政解散の小泉純一郎だけ書きましたが、ものの見事に落とされました。総理大臣を意識しだしたのって宮沢さん(当時小1〜3)ぐらいの時からだよ…。
正解は(1)吉田茂(2)佐藤栄作(3)中曽根康弘(4)宮澤喜一(5)小泉純一郎


公務員試験は、こんな意地悪な問題は出ないのでご安心を。
佐藤元首相が非核三原則を唱えたとか、田中元首相が中国を訪問して日中国交正常化、その後の福田首相が日中平和友好条約を調印したとか、そういう外交史は『国際関係』の分野で出題されますけれども、国の在り方、地方の在り方などに関係ない、あまり意味のない問題は出されないように思います。
職種による出題者の意図も考えながら、勉強を進めていきたいですね。


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2008年09月01日

福田内閣 退陣表明

やはりきましたか。という感じでなんともいえない気分になってしまいますが、さきほど首相が辞任を表明したとのこと。
この機に、憲法の国会・内閣部分をおさらいしておきましょう。


まず、このニュースを見てZEROが思ったこと。
「んーと…いついつまでに●●をせよ〜って規定がなかったか? …とすれば、次の総理っていつ決まるんだろ?」

そんなこんなで本棚をゴソゴソし出したZEROでしたが、実際はそんな規定ありませんでした。ギャー!(汗

困ってwikiを見たところ、内閣総辞職と新内閣総理大臣の指名・任命は同一の日であることが多いらしい。ズレても翌日だそうで。(→内閣総辞職
ということは、辞意は表明したけれど、すぐに辞めるという訳ではない(臨時国会まで待機する) or 総理は辞めるけど規定(71条)どおり内閣は残る、ということになるのか??
一体どっちだー!


続きを読む
posted by ZERO at 23:08 | Comment(0) | TrackBack(0) | + 日誌 +>+ 専門 + | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月31日

多忙な日々+

やれやれ、なにやら忙しい数日間でした。

「え?」「は?」と思う間もなく依頼が急に増えたおかげで、来月からの仕事量が1.7倍になります。その分だけ、まぁストレスも増えるんですが、なんとかやっていくしかないですね、ハイ。


9月はC日程を受けることになったので、専門はしばらくさよならするっきゃないのかなあ。
高卒区分のテキストは、1冊だけ『初級スーパー過去問 自然科学』を所持しているのですが、見た&やってみた感じとしては、「知ってなきゃ解けない問題が多そう」という感触。

実際のC日程にどんな問題が出るのかは皆目検討がつきませんが、この先も長いんだから(多分)、嫌気が差さない程度にリラックスして受ける気構えでいきたいですな。



なんにしても眠いよ。
日付が変わる前に寝るのは理想的なんだけどさ。ふわぁあ

おやすみなさい。
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2008年08月26日

アナタハ神ヲ信ジマスカ?

タイトルがなにやら怪しげな雰囲気を放っていますが(笑)

宗教というものは、いつの時代も闘争を呼んでいます。
先にあげたパレスチナ情勢もそうですが、今も世界中、どこかで宗教が対立を生んでいます。
けれども、「我が国はこの宗教しか認めない」という国もあれば「どの宗教でもOKだよ」という国もあって、世界史の中ではNGよりもOKのほう、つまり寛容な国にスポットが当てられることがしばしば。
今日は、(多少制約はあったものの)宗教に寛容だった2つの事例を挙げてみましょう。

1つめは正統カリフ時代からのイスラム時代
2つめはナントの勅令
です。


2つめから参りましょうか。


先日、無料パソコンテレビのGyaOにて『仮面の男』を見ました。初見だったんですが、なかなか後味の良い作品でした。

舞台となる時代は中世フランス。
デュマ作の三銃士たちがオッサンになった頃の、ルイ14世下のお話です。
このあたりのフランスの王朝をブルボン王朝と言うのですが、ブルボン王朝の最初の王様はアンリ4世といいます。その後、ルイ13世(三銃士たちが仕えた王様)、ルイ14世(『仮面の男』の時代の王様)と続きます。
……三銃士ネタですみませんが、映画を見るまで三銃士は実在していたと思っていたZEROは、もうこの際だから架空の世界もひっくるめて、脳内補完をしてしまおうと思い立ったワケであります。くどいかもしれませんがお付き合いください(苦笑

このブルボン王朝の最初の王、アンリ4世が結婚する時にですね、ひとつの大きな事件が起きています。“サン=バルテルミの虐殺”とのちに言われる事件ですが、当時、新教派(ユグノー/カルヴァン派)だったアンリの結婚を祝うため、新教派の人々が続々とパリに集まっていたんです。これを旧教(カトリック)側が不意打ちし、皆殺しにしてしまったのが事件の概要です。
この時期、ユグノー戦争と呼ばれる国内宗教戦争が、虐殺事件の10年も前から続いていました。貴族間で新旧の両派が対立し、ついには外国も介入するほど大きな混乱を招き、アンリは即位するとすぐにユグノーからカトリックへと改宗し、ナントの勅令を発しました。

このナントの勅令が『信仰の自由を認める』といった内容のもので、新教徒には旧教徒とほぼ同等の権利を与えられました。
改宗したとはいえ旧教の国主が新教を認めたら、旧教側は逆らえませんね。これが救済手段となり、ユグノー戦争は終わりを告げました。

三銃士時代のルイ13世(くどい)やルイ14世(太陽王)の影に隠れ、アンリ4世はあまり目立たないように思いますが、粋なことをしてくれた訳であります。
で、肝心の出題されるのか? ということについては、ZERO自身は「中世ヨーロッパ史なんてメジャーすぎて出ないだろう」と思っていたら、バッチリ今年(2008年度)の国2教養に出題されていました。


 16世紀後半のフランスでは、ユグノーと呼ばれたカルヴァン派とカトリックとの対立が激化し、宗教戦争が長期化した。これに対し、ユグノーであったブルボン家のアンリ4世は、王位につくとカトリックに改宗し、ナントの勅令を発してユグノーに一定の信仰を認め、内戦はようやく鎮まった。

これが正解肢。
甘く見ていたら、ナント不勉強がたたりました…。(痛

ちなみにナントの勅令は、太陽王ルイ14世がバッサリと廃止してくれたおかげで、ユグノーであった多くの商工業者が国外に逃亡し、フランス経済は大打撃を受けたという裏話(裏でもないか?)があります。
この話を目にするたびに、ルイ14世は本当に太陽王と呼ばれるほど名君だったのか?と疑いたくなるのですが…うーん。


■■■■■  ■■■■■  ■■■■■



さて、話を最初にもどして、一つ目に挙げたイスラム時代についての宗教の取り扱いです。

イスラムの支配は、正統カリフ時代から語られます。正統カリフ時代というのは、イスラム教の創設者ムハンマドの死後、選挙によって後継者(カリフ)を決めていた時代です。4代しか続かなかったんですが、この時代の征服方法は実に巧妙というかなんと言うか
ユダヤ教徒・キリスト教徒などの啓典の民(啓典=聖書を持つ宗教)には
改宗を強要せず、人頭税(ジズヤ)と地租(ハラージュ)を払えば従来の信仰を許す

というものでした。

税収入を確保し、人材も確保し、イスラム世界が広がっていくきっかけにはなりましたが、同時にイスラムの支配下に入ることを嫌う者も多く、東方の中国にまで逃れる者も増えてしまったようです。時の中国は唐代。ネストリウス派のキリスト教が景教として、ゾロアスター教が教として、マニ教が魔尼教として、伝わったのはこのせいですね。

人頭税(ジズヤ)と地租(ハラージュ)は、正統カリフ時代には啓典の民のみへの課税でしたが、ウマイヤ朝後期にはイスラム教徒にも課せられるようになりました。
その次のアッバース朝では、ムスリム間のアラブ・非アラブの格差がなくなったとされています。アラブ人でもイラン人でも、ムスリムでありさえすれば、政府の要職につくことが許されたそうです。イスラム教が人種を超えて広がったのは、こうした政策があったからなのでしょう。


過去にも出題されています。

  イスラム帝国は、アラブ人の初期の大遠征を別にすれば、征服地のほかの宗教に関して寛容であり、地租(ハラージュ)と人頭税(ジズヤ)を納めれば、改宗を強制しなかった。これは、イスラム世界拡大の大きな要因となった。

パスライン人文科学 P.168より
もちろん正解肢です。



宗教に寛容だったこの2つの事例、ぜひ覚えておきましょう。


参考
タテから見る世界史
パスライン人文科学
世界史B用語集 改訂版



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2008年08月25日

マーガレット・サッチャー

イギリス元首相のサッチャー氏が認知症を患っているとの記事がYahoo!トピックスに出ていましたが、どんな人間も老いと病には敵わない事実は、身内の人々にとっては大変辛いものだと思います。ご長女の心中お察しします。


さて、サッチャーといえば、今年のB日程の専門試験で、まるごとサッチャーに関する問題が出たような気がするんですが(B日程は問題が回収されますので、記憶に頼るしかありませんが…)このザル頭の網目に引っかかっている記憶によれば、たしか「サッチャーが行った行政改革は何か」といったような問題だったと思います。
彼女が行った改革を少し整理してみましょう。




■行政改革
 <小さな政府>
電話会社(1984年)やガス会社(1986年)、空港(1986年)、航空会社(1987年)、水道事業(1990年)などの各種国有企業の民営化

 <減税政策>
所得税 → 25%〜80%の11段階から、25%と40%の2段階へ
法人税 → 50%から35%へ

※付加価値税(消費税)は、8%から15%まで大胆に引き上げられた。
※2006年の時点では、ヨーロッパ主要国では日本に比べて消費課税の負担割合が高い。


■教育改革
<教育法の改正>
全国共通のカリキュラム作成
全国共通学力テストの実施
学区の自由化(競争型の中等学校)→ ※現在は廃止(ブレア政権)


■その他キーワード
失業者数増加
 → 就任1期目に倍増。1982年には300万人。完全マネタリズムを放棄し、リフレーション政策に転じたことにより、1986年、減少に転じる。
人頭税('90-'93)の導入
 → 国民的な反対運動が起こる。辞職へ。
フォークランド戦争
 →1982年、アルゼンチンのフォークランド諸島への進軍に対し、英軍をすぐに派遣し勝利
新自由主義
 →ネオリベラリズム。市場原理主義からなる、資本主義経済体制
ネクスト・ステップス
 →各省庁において、企画業務と実施業務を分離し、実務の担当機関としてエージェンシーを創設。日本の独立行政法人のモデルとなったといわれる。


■ひっかけに注意
PFI
 →公共施設等の建設・維持管理・運営等を民間の資金・経営能力・技術的能力を活用して行うこと。92年に導入された政策であるが、サッチャー政権は90年まで、よってメージャー政権下での政策であると捉えること。
 ※日本では99年にPFI法が施行された。



参考
新スーパー過去問ゼミ2 政治学
新スーパー過去問ゼミ2 行政学
速攻の時事
東京大学社会科学研究所
wiki マーガレット・サッチャー
wiki PFI


ポイントは、大々的な行政改革・教育改革を行ったこと。
イギリス経済を立て直したこと。
サッチャー氏のちのメージャー氏までは保守党でしたが、しかしその後首相になったブレア氏は労働党であるため、90年代後半からはサッチャリズムの弊害除去が国の重要な政策になったということでしょうか。
サッチャーのことは、折に触れて復習するようにしましょう。

代々のイギリスの首相
ぼんやりとながめるだけでも、、なかなか面白い。



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2008年08月22日

芸術のススメ(1)ルネサンスとバロック

文学・芸術分野は覚えにくいことこの上ないですが、一旦インプットしてしまえば、点が取りやすい科目とも言えます。特に教養のみの試験ならば、その1点が非常に重要となってきます。
職種・地域によっては出題されませんが、さらっておくにこしたことはないでしょう。

光速マスター 人文科学パスライン 人文科学を元に、以下時代別に列挙しますが、実は美術と音楽の時代区分って、似通っているのです。芸術というものは、当然、時代の波や宗教の流れ・倫理学などに左右されますから、どこかでリンクしているものなのでしょうね。
まずはルネサンスとバロックを、視覚と聴覚で覚えてしまいましょう。

※人名・作品リンクは、ウィキペディア、またはサルヴァスタイル美術館、またはyoutube。



■ルネサンス(美術)
<初期ルネサンス>
 ブルネレスキ:建築。サンタ・マリア大聖堂の丸屋根を建築
 ギベルティ:彫刻。『イサクの犠牲』
 ドナテルロ:彫刻。『ダヴィデ』
 ジオット:絵画。西洋画の祖。
 フラ・アンジェリコ:絵画。『受胎告知』
 マサッチオ:絵画。遠近法を確立。

<盛期ルネサンス>
 ブラマンテ:建築。サン・ピエトロ大聖堂の設計者
 ミケランジェロ:彫刻『ピエタ』『ダビデ』『モーゼ』、絵画・システィナ大聖堂の『天地創造』『最後の審判』
 レオナルド・ダ・ヴィンチ:絵画『モナ・リザ』『岩窟の聖母』、彫刻、建築、音楽、数学
 ボッティチェリ:絵画。『ヴィーナスの誕生』『春』『三博士の参拝』
 ラファエロ『アテナイの学堂』『聖体の論議』『ユリウス二世』

<北方ルネサンス>
 ファン・アイク兄(仏):絵画。『神秘の子羊』
 ボッシュ(蘭):絵画。『聖アントニウスの誘惑』
 ブリューゲル(蘭):『百姓の踊り』『村の婚礼』
 デューラー(独):版画。『ヨハネの黙示録』
 クラナハ(独):絵画。『キリストの磔』『パリスの審判』


□ルネサンス(音楽)
 教会音楽:グレゴリア聖歌
 モノフォニー:単声音楽
 ポリフォニー:多声音楽





■バロック(美術)
 カラヴァッジオ(伊):明暗対比の効果。『パウロの改宗』
 ベラスケス(西):宮廷画家。『ラス・メニナス』
 エル=グレコ(西):『オルガス伯の埋葬』『キリストの洗礼』
 ルーベンス(フランドル):『キリストの磔』『パリスの審判』
 レンブラント(蘭):光の画家。『夜警』
 ハルス(蘭):市民の集団肖像画。


■バロック(音楽)
 バッハ:音楽の父。『ブランデンブルグ協奏曲』『トッカータとフーガ』、オラトリオ『マタイ受難曲』
 ヘンデル:『水上の音楽』、オラトリオ『メサイア』





絵画のルネサンス期の人物名を見ていると、昔見てたアニメ『忍者タートルズ』を思い出します(笑
主人公たちはたしか4人組で、レオナルド、ドナテロ、ミケランジェロ、ラファエロが騒動を持ち込んではドタバタ格闘をする、という話だったはず。そういやSFCでゲームもやってました。懐かしいなあ。

そして、まとめながら芋づる式に思い出したのは、小説逆光のメディチやら、花冠のマドンナ東京クレイジーパラダイス

「逆光のメディチ」は晩年のダ・ヴィンチが、自分を女性に例えて回想を弟子に語るという話……だったはず。なかなか刺激的な印象があったことを覚えています。
「花冠のマドンナ」はふつうの少女マンガでしたが、ダ・ヴィンチがサブキャラとして出てきて、当時のイタリア情勢をかるく楽しめた感じでした。
「クレパラ」は芸術とは全然関係ない漫画なのですが、主人公が『ヴィーナスの誕生』の格好をさせられるシーンが印象的で。


こうやって、余計な知識と絡み合わせて覚えていくと、単純な暗記作業も楽しいかもしれませんね。

そういえば、上記リンクのバッハ『トッカータとフーガ二単調』を聞いたら、「ちゃらり〜 鼻から牛乳〜」の音楽で軽く吹きました。
あと、ヘンデルの『水上の音楽』の英語タイトルが「water music」になってて「そのまんまじゃん(笑」と思わず画面にビシッとツッコんだりとか。


というように、なかなか楽しい時間を過ごしたんですが、少々時間がかかりすぎた為、芸術のススメの次回更新は未定です。
息抜きしたい時にやりたいなあ。



字面だけで覚えられない芸術作品は、youtubeやサルヴァスタイル美術館へ足を運んで、解説とともに作者と重要作品をチェックして、念のために模試や試験前に光速マスターなどでチェックするようにしたいですね。



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2008年08月21日

パレスチナ問題 (2)和平にむけて、そして

ユダヤ対アラブの戦い。
4度にわたる中東戦争後、1978年にようやく和平への動きが見え始めました。

それが、キャンプ・デービッド会談です。


■最初の和平、キャンプ・デービッド会談
このとき、アメリカの仲介で、イスラエルとエジプトの両首脳は首脳会談にのぞみ、翌年1979年の平和条約調印に合意をしました。
イスラエルは、第3次中東戦争・別名:6日間戦争(昨日のエントリー)にて占領したシナイ半島をエジプトに返還。
しかし80年代に和平の歩みが進展することはなく、キャンプ・デービッド会談に臨んだ時のエジプト大統領サダト氏も、イスラム原理主義者に暗殺されてしまいました。


■イスラエルとPLOの共存
80年代は何も目立った動きはなく、90年代になってから、イスラエルとPLO(パレスチナ解放機構)が和解するという相互承認が実現するに至ります。
ここで押さえておくのは、イスラエルはユダヤ人が樹立した国家だということと、PLOはそのために難民になったアラブ人たちが作った組織だということです。
1世紀近く争った両者が歩み寄りをみせたわけですね。


■オスロ合意――パレスチナ暫定自治
共存を確認しあった相互承認が1993年、その翌年からパレスチナ暫定自治が始まりました。
暫定政府の初代大統領はPLOのアラファト議長。2004年からはアッバス議長が継いで、独立も視野に入れた自治を行っています。

この「自治やってもいい?」「いいよ」の双方の合意を、オスロ合意といいます。オスロはノルウェーの首都の名前ですね。両政府ともにノルウェーとは仲がいいようで、オスロの地でコトが運んだようです。
結果的には一昨年(2006)、このオスロ合意は崩壊してしまったといわれていますが、これについてはのちほど説明しましょう。


■止まない衝突――分裂するパレスチナ
キャンプ・デービッド会談から約15年後の、オスロ合意。
それぞれの場所で両者が共存していくはずでしたが、しかしながらPLOによる自治が始まってもユダヤ対アラブが消滅したわけではありませんでした。
相次ぐ自爆テロ、インティファーダ(※パレスチナ人による住民蜂起)、イスラエル軍による空爆など、情勢は不安のままです。
そんな中、昨年の2007年6月、パレスチナ暫定政府の自治区であるガザ地区が、イスラム原理主義・ハマスによって制圧されてしまいました。

昨日掲載した地図をもう一度見てみましょう。


うすい黄色の部分が、自治区です。

もともとガザ地区は飛び地でありましたが、この地区を、過激派のハマスが支配下に収めてしまい、ヨルダン川西岸地区と完全に分離してしまったわけなのです。ヨルダン川西岸地区は、穏健派のファタハが政府を組織しています。
現在、このガザ地区は現在、イスラエルによって封鎖されているそうで、ハマス側もイスラエルに向けてたびたび攻撃を行っています。


■現在、そして今後
もはやオスロ合意は完全に望みを絶たれたといっても過言ではありませんが、その代わりに、新たなプランも用意されています。
その名もロードマップと呼ばれるプランですが、これは2003年にアメリカ・ロシア・EU・国連が共同で提案した和平案です。課題を3段階に分けて解決しながら、パレスチナの独立を目指そうとするもので、昨年末に、ようやく義務履行が約束されました。
イスラエルとパレスチナは現在も二国間交渉を行っているはずですが(今年度末までの合意が目標とされている)、ロードマップに続いてどのような合意がされるかどうか、注目しつつ見守っていきましょう。


追記。
中東情勢は、国家2種でしばしば(数年に一度)出題されています。
2008年の試験では、拒否権に関する問題で、このような正解肢がありました。
 国連安保理では、これまで200件以上の決議案が「拒否権」によって成立しなかったといわれる。最も多く「拒否権」を行使した常任理事国はソ連だが、、それに次ぐのはアメリカ合衆国である。アメリカ合衆国が「拒否権」を行使した案件としては、パレスチナ問題や南アフリカ制裁問題などが挙げられる。

wiki(国会図書館資料「国連安全保障理事会の拒否権」)による情報では、2007年1月現在で
ソ連・ロシア――123回(ロシアとしては3回)
アメリカ――82回(対イスラエル非難決議に対して37回)
イギリス――32回
フランス――18回
中華民國・中国――6回(中国としては5回 対ミャンマー非難決議に対し1回)

となっています。
アメリカの拒否権の半分近くが、対イスラエル非難決議への拒否権なんですね…(^^;)
チラッと頭のすみっちょに置いておきましょう。


<参考>
20日間で学ぶ 国際関係の基礎
速攻の時事
wiki パレスチナ解放機構
wiki オスロ合意
wiki ガザ地区
wiki 拒否権



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2008年08月20日

パレスチナ問題 (1)発端と中東戦争

日本はひとつの島国にひとつの民族が暮らす国として、2千年の歴史を形作ってきました。周囲を海に囲まれていますから、外敵の侵入も少なく、独自の発展を遂げることが出来たといえます。
しかし陸続きの国々では、様々な人種が混在していたり、宗教が混在していたり、ひとたび王朝が変わればそこに暮らす人々にも多大な影響を及ぼしました。

パレスチナ問題の勢力図は、簡単に言えばユダヤ人対アラブ人。その歴史は第一次世界大戦前までさかのぼります。


現在、イスラエルと呼ばれるこの国には、エルサレムという場所があります。キリストが処刑されたと伝えられているゴルゴダの丘は、この近郊にあるといわれています。
エルサレムはユダヤ教・キリスト教・イスラム教共通の聖地。そのため、この場所をめぐっての争いは古くから続いており、十字軍の歴史からも伺い知ることが出来ます。



さて。時は第一次大戦前。
この戦いになんとしてでも勝ちたかったイギリスは、この地の人々に対して、矛盾した確約をしてしまったのです。
それがフサイン・マクマホン協定バルフォア宣言。俗に英の二重外交と呼ばれています。


フサイン・マクマホン協定 ―― アラブ人の独立を承認。
バルフォア宣言 ―― ユダヤ人国家の樹立を承認
(結果的に採用された後者のほうが、試験には出題されやすいです)


そして第二次世界大戦になると、ヒトラーに迫害されたユダヤ人たちが数多くこの地に移り住み、アラブ人との対立が激化していきました。
終戦のち、国際連合がこの問題に立ち入り、総会でパレスチナ分割案を提出しました。アラブ側は拒否しましたが、ユダヤ側は承認し、1948年、強引にイスラエルを建国しました。これが第1次中東戦争になります。
中東戦争は全部で4回ありましたが、教養試験に出題される可能性もありますので、すべての特徴をかるく押さえておきましょう。

第1次中東戦争(1948)
 別名:独立戦争。数で優っていたはずのアラブ側の敗北。
第2次中東戦争(1956)
 別名:スエズ危機。エジプトにて、米英によるアスワン・ハイ・ダムの建設中止。エジプト大統領ナセルは、スエズ運河の国有化を宣言し、スエズ運河の株を所持する英仏がイスラエルを支援し、戦争を扇動、シナイ半島を制圧。しかしソ連の介入をおそれたアメリカが停戦を働きかけ、3国は撤退するに至る。こののち国連の停戦決議を了承し、英仏両国はエジプトによるスエズ運河の国有化を受け入れた。
第3次中東戦争(1967)
 別名:6日間戦争。イスラエルからの先制攻撃により、ヨルダン川西岸、シナイ半島、ゴラン高原を迅速に占領。
第4次中東戦争(1973)
 今度はエジプトとシリアが先制攻撃をする。イスラエルは緒戦で大打撃を受けたが、その後ゴラン高原を再占領するなど反撃を開始。両者膠着し、約二週間後に国連の停戦決議を受け入れる。
 このとき、アラブ諸国が原油価格を大幅に引き上げたため、石油ショックが起こる。




固有名詞が多いですが、ひとつひとつ頭の隅に置いたほうがいいでしょう。現在は目立った動きはないため、時事問題で聞かれることはないと思いますが、世界史や国際関係で聞かれることもあります。
特に世界史ではフサイン・マクマホン協定とバルフォア宣言を逆にして出題されるかもしれません。フサイン→アラブ、などと、ゴロで覚えてしまいましょう。

本日はここまで。
中東戦争後〜現在のパレスチナ情勢は明日に続きます。



参考
wiki 中東戦争
wiki エルサレム
wiki パレスチナ問題
斎藤整の世界史タテから見る世界史
20日間で学ぶ 国際関係の基礎



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2008年08月19日

異次元と現実の戦争

今日、久々に会った友人とゲーセンに行ったんですが(ゲーセンなんて何年ぶりなんだろ)
カプセルみたいなBOXの中に入り、モビルスーツのパイロットになって戦うというゲームがあり、面白がってパイロットの登録(¥300)をして遊んでみました。
同じゲーセン内で同時4人まで一度にプレイすることができ、インカムでボイスチャットしながら、指定された舞台で敵軍と戦います。

ボックスの中は、アニメでおなじみのMSのパイロット席と同じく、ほぼ180度画面が広がっています。疑似体験ゲームといえばいいのでしょうか、パイロット席に乗り込んでMSを自分で操作する仕様のようです。
同時にプレイできる人間がいないときは、全国のプレイ中の誰かが、同じ部隊で一緒にプレイするもよう…。よく分かりませんが、オンラインゲームのようになっているようです。

そういえば一昔前の漫画やら小説やらで、三次元の空間に入り込んでゲームをする、なんてネタが流行りましたが、時代はもうここまで来ているのですね。
なんと、すごい。



で、結果ですが。それがですね。
4ゲーム目にして凄まじい吐き気をもよおしました。

いえ、戦闘がグロいとかではなく
ただ…その、画面の仕様に酔った、んでしょう。。。。。

インカムの先の友人に向かって「すまん吐いてくる!」
ザクを放って操縦席から逃げ出すパイロット(私。



ゲーム自体は時間制限もあるので撃墜はされませんでしたが
これが実際の戦闘だったら、間違いなく死んでいるところです。
なんと軟弱な、と自責の念に駆られつつ、
けれどもこの経験を通して思わずにはいられなかったことは、自分達はやはり恵まれた社会に生まれたんだなということでした。



現代では今なお、人と人が憎み合い争い合い、脆い均衡の上に成り立っている国々があります。
先日記したグルジア・南オセチア自治州情勢もそうですが、クーデターや内戦などが潜む国々、近年の中近東情勢からも目が離せません。

明日はその中から…そうですね、頻出の『パレスチナ問題』について、世界史・国際関係の両視点からまとめてみたいと思います。




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2008年08月17日

8番目の違憲判決から2ヶ月

今日のYahoo!トピックに、国籍法から婚姻要件を除外する旨の同法改正案の骨子がまとまったとの記事が出ていました。
先々月(2006年6月)の、国籍法3条1項は憲法14条1項に違反するとの最高裁違憲判決を受けて、ようやく立法府が動きをみせたわけです。



現行の国籍法では、
日本人の父親外国人の母親の間に生まれた非嫡出子(婚外子)のうち、父から生後認知を受けたが、父母が法律上の婚姻をしていない者(非準正子)は、日本国籍を取得することができないと定められていました。
ただし、非嫡出児のうち
@母親が日本国籍である場合
A父親が日本国籍であり、胎児認知をした場合
に関しては、子どもは日本国籍を取得することが可能でした。

日本国籍を持つ者が父か母かという性差別。
出生前の認知か出生後の認知かというだけのわずかな差別。
また、子どもにとってどうすることもできない「両親の結婚」という身分上の行為如何で国籍が取得できない、という規定は、不合理であり、法的な差別的取扱いを禁止する趣旨の憲法14条にそぐわないとの判断が下されたのです。



このような違憲判決は過去に7つ出されており、今回の国籍法3条1項は8番目になります。
過去に出された違憲判決は、本試験でもよく問われますので、まとめておきましょう。

尊属殺人重罰規定(昭48・4・4)
薬事法距離制限規定(昭50・4・30)
衆議院議員定数配分規定(昭51・4・14)
衆議院議員定数配分規定(昭60・7・17)
■森林法共有林分割制限規定(昭62・4・22)
■郵便法免責規定(平14年・9・11)
在外邦人の選挙権制限(平17・9・14)
■婚外子の国籍取得制限(平20・6・4)


過去問でよく問われているのは

■尊属殺人重罰規定(昭48・4・4)
 立法趣旨は合憲だが、尊属(目上の血族――両親、祖父母等)殺人の刑罰が過重であることは、憲法14条(法の下の平等)に違反する。
■薬事法距離制限規定(昭50・4・30)
 薬事法の適正配置規制(薬局等の適正配置)は、立法目的(安全性の確保)を他の手段で実現できるものであるから、第22条第1項(職業選択の自由)に違反する。
■衆議院議員定数配分規定(昭51・4・14)
 一票の格差が1対5である公職選挙法の定数配分は、第14条第1項(法の下の平等)、第44条但書き(普通選挙等)に反する。選挙自体は有効。
■衆議院議員定数配分規定 その2(昭60・7・17)
 一票の格差が1対4.40である公職選挙法の定数配分は、第14条第1項(法の下の平等)に反する。選挙自体は有効。
■在外邦人の選挙権制限(平17・9・14)
 在外邦人の選挙権制限(例:南極の調査員等)は第14条(法の下の平等)、第44条(普通選挙等)等に反する。

の5つです。



そのほか、「法令自体は合憲であるが、その法令を当該事件の当事者に適用する限りにおいて違憲」とする適用違憲判決があることにも注目しましょう。



過去には11の適用違憲判決が出されていますが、試験で問われるのは法令違憲ほど多くはありません。5つおさえておけば上等でしょう。

不当長期拘禁による自白(昭23・6・23)
□自白調書有罪認定違憲判決(昭25・7・12)
□講和条約発効後における占領法規違憲判決その1(昭28・7・22)
□講和条約発効後における占領法規違憲判決その2(昭30・4・27)
□強制調停違憲決定(昭35・7・6)
第三者所有物没収事件(昭37・11・28)
□第三者追徴違憲判決(昭40・4・28)
余罪量刑考慮違憲判決(昭42・7・5)
□偽計有罪自白認定違憲判決(昭45・11・25)
高田事件(昭47・12・20)
愛媛県靖国神社玉串訴訟(平9・4・2)


□不当長期拘禁による自白(昭23・6・23)
 憲法38条2項の「不当に長く抑留若しくは拘禁された後の自白」には、自白と不当に長い抑留又は拘禁との間に因果關係の存しないことが明かに認められる場合の自白を含まない。(自白と不当に長い抑留または拘禁との間に因果関係の存しないことが明らかな場合は、かかる自白を証拠とすることができる)
□第三者所有物没収事件(昭37・11・28)
 第三者の所有物を没収する場合において、その没収に関して当該所有者に対し、なんら告知、弁解、防御の機会を与えることなく、その所有権を奪うことは、第三者に対し,適正な法的手続きによらないで、財産権を侵害する制裁を科するにほかならないから、31条、29条に違反する。
□余罪量刑考慮違憲判決(昭42・7・5)
 刑事裁判において、起訴された犯罪事実のほかに起訴されていない犯罪事実をいわゆる余罪として認定し、実質上これを処罰する趣旨で量刑の資料に考慮し、被告人を重く処罰することは、憲法31条の規定に違反する。(量刑のための一情状として考慮すること自体は違反ではない)
□高田事件(昭47・12・20)
 審理の著しい遅延の(15年審理が中断された)結果、被告人の権利が害されたと認められる異常な事態が生じた場合には、これに対処すべき具体的規定がなくとも、その審理を打ち切るという非常救済手段が許される。(日本国憲法第37条1項に定める迅速な裁判を受ける権利が問題となった事件)
□愛媛県靖国神社玉串訴訟(平9・4・2)
 県が玉串料を靖国神社に奉納したことは、その目的が宗教的意義を持つことを免れず、その効果が特定の宗教に対する援助、助長、促進になると認めるべきであり、これによってもたらされる県と靖国神社のとのかかわり合いがわが国の社会的・文化的諸条件に照らし相当とされる限度を超えるものであって、20条3項の禁止する宗教的活動に当たる。


最後の愛媛県靖国神社玉串訴訟は、行政法での出題も過去に見られました。
また、違憲審査権は最高裁だけでなく、下級裁判所も有しています。
がしかし、いつでも気が向いた時に好き勝手に違憲審査をやっていいというワケではなく、アメリカ型の付随的審査制(具体的な訴訟事件を裁判する際に、その前提として事件の解決に必要な限度で適用される法令の違憲審査を行う制度)が通説・判例です。



今回の婚外子の国籍取得制限の違憲判決も、
結婚していないフィリピン国籍の母と日本国籍を有する父との間に出生した原告らが、出生後に父から認知を受けたことを理由に法務大臣あてに国籍取得届を提出したところ、原告らが国籍法3条1項に規定する国籍取得の条件を備えていないとして、日本国籍の取得を認められなかったため、父母の婚姻及び嫡出子たることを国籍取得の要件とする同項の規定は、法の下の平等を定めた憲法14条に違反するなどと主張して、国に対し、日本国籍を有することの確認を求めた裁判
wiki
の折に出されたものであるので、付随的審査制の立場をとっています。

違憲判決ひとつを勉強するにしても、何故そうと判断されたのか、どのような制度のもとで出されているのか、ひとつひとつまとめながら勉強したいところですね。



参考
wiki 違憲判決
wiki 国籍法3条1項違憲訴訟
スー過去 憲法



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